2011年3月23日 水曜日
ヌチヌスージサビラ
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| いわきで行なわれた、現代あーとふぇすてぃばる「三凾座物語」にて炭坑節を踊る湯本の人たち=2010年12月25日 |
いまから400年前に琉球を訪れ、琉球神道記を書き記し、エイサーの発生にも関係ある琉球の恩人、袋中上人。彼の生まれ故郷に、ここ1年で7回ほど訪れた。その街は映画フラガールでも話題になった炭坑の歴史の街であり、古くは、温泉街として旅人を羊水のように包み込んできた。温泉街にひっそりと佇む映画館「三凾座」。築100年になるそれは、芝居小屋や映画館として街の文化的拠点であったが28年前に閉鎖したままだった。
「三凾座」に映画のような一日をプレゼントしようと、温泉旅館で1週間の滞在製作を行ない、街の人が中心となって芝居や仮装チンドン、映画ありの「三凾座物語」という一日をつくったのが、つい3カ月前である。
3月11日以降、千年に一度といわれる天変地異が日本中を襲った。特撮かCGかフィクション映画のような信じられない現実の出来事が次々に起こり、お茶の間のTVから流れてくるそれらを見て、日本のどこにいても安全な場所はないと感じた人はいたと思う。と同時に、地震発生直後から2日間電話もTVも繋がらない間、twitter(ツイッター)などのソーシャルネットワークはいち早く被災地とわれわれを繋いだ。今、何が必要かを、日本中が創造力を働かせ、リアルタイムに情報やシステムを生み出していった。個人が日本を動かす力に繋がる時代だ。
想像力を遥かに越える現場、見えない恐怖、映画のようには終わらない現実が3・11以降を生きる全ての人に課せられた。福島県いわき市湯本温泉街「三凾座物語」のメンバーは、復興に向けて動きだしている。戦後沖縄で、“ヌチヌスージサビラ”と命のお祝いをした舞天さんのように。。。
(「スタジオ解放区」共同代表)